ある方のブログより・・   

<「なごみの里」柴田久美子さんの講演より・・>

美しい死の中にこそ未来があり、真の生があります。終末期にある幸(高)齢者の方こそが師であり、そばにいる私たちは学びのものです。
とても光栄なことなのですが、旅立たれる間際のお年寄りの手を握ると、私の心と体がふわっと軽くなるのを感じます。そして、光という表現しかないのですが「光と光が一つになって溶け合ってしまう瞬間」を味わわせて頂くことがあります。
何よりも私の魂が喜ぶ瞬間です。

それは、現実的には「死」という悲しい時間なのでしょうが、私にとっては失礼ながらとても有難い瞬間。

「この瞬間が私を磨いてくれている」と思える時なのです。

その魂たちはみな「あちらの世界はとても安らかで心地よい所」と語りかけてくれます。その場に寄り添うことさえできれば、たぶん誰でもが聞くことのできるであろう『自然死』における幸(高)齢者の魂の声。これを皆様にぜひお伝えしたいと思います。

私はよく、ほとんど反応のない状態で延命を選択してしまった高齢者の方を受け入れることができず面会に行くのすら苦しいと言われる方々にこう答えます。

たとえ延命をしようとも必ず死は訪れます。死は皆の上に約束されているのです。有難いことに。死という尊いその時に、人間らしい死を、尊厳のある最後を遂げさせて頂きたいからこそ、その方と正面で向き合ってほしいのです。

限りある時間を大切にしながら、自分にも確実に訪れる死を正面から受け止め、しっかりと見つめ、まずどう自分が死にたいのかそれを考えてください。
今、生と死の間にある幸(高)齢者の方々をどう看取りたいのか決めて頂きたいのです。

目をそらさずに受け止めて、最後の時「ありがとう」という言葉と共に送り、送られる。
みなさんがそういう最後であってほしいと願っています。
ご家族が死に向かう時、それは神さまが私たちに死と向き合うようにと与えてくださった大切な時間なのです。
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by poco-a-poco-music | 2006-11-10 09:15 | 夢・願い・想い

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