カテゴリ:良寛さんへの記録( 8 )   

2000年の日記から・・・   

今、ピアノをひいて、上手にひけて気持ちがよかった。
久しぶりにピアノをひいたが、スラスラひけて自分でもびっくりした。
76歳でピアノをひける人は、少ないと思う。たのしかった。
健康のためにも良いと思う。<2000年1月の日記から>

日記帳が出てきました!
1999年末から2000年始めまでの数ページの日記。
元気な頃の字ではないけど、シッカリとした字はまだ健在でした!

ピアノに初チャレンジしたのは、74歳頃だったかな?
少しでも、脳が活性化すればとチャレンジを>>>
歌いながら、飽きもせず音を探しながらピアノと遊ぶ良寛さん。
さぐり弾きだから、最初の音次第でいろいろな高さの曲に移調を。
どんな調でもスラスラと弾いてしまうので、驚きモノでした(笑)

そうそう、気分次第では短調になったり、他の調に転調したりの技も!

習字をさせたり、絵を描かせたり、手紙を書かせたり、・・・・
イロイロなことにチャレンジした中で一番好きだったのは、音楽だったのでしょうね。

上の文章は、オシャベリを楽しみながら、鉛筆を持ってもらったもの。
「忙しいでしょうが、~をして貰ってイイ?」と、
良寛さんの意思を尊重しながらの日記作戦。
2、3年位前まで、していたかな・・・?
懐かしい風景です!


懐かしい風景を再現してみようかなと、久しぶりにペンを持たせてみました。
字にはならないけど、グチャグチャの絵が~~~~~(嬉)
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by poco-a-poco-music | 2005-10-16 11:58 | 良寛さんへの記録

二年前は出来た?(^-^;   

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携帯電話の中に、2年前の良寛さんの写真が・・・・
シッカリと、ペンを持ちテーブルに向かっている良寛さん。
何を書いているのでしょう?

実は、この頃、すでに字を書くことが出来なくなっていたのです。
自分の名前も、グチャグチャと何だか分からない字を・・・
絵として字を捉えている為、何となく分かる字もありましたが(笑)

認知症の症状が出てきた時、縮こまった字を書くように>>
大きい字を書いてと、頼んでもギューッと縮こまってしまいます。
ペンではなく、マジックを持たせた事もありました。
毛筆がイイと聞き、得意の習字に挑戦したことも・・・

オカアチャンに言わせると、100点満点の認知症の良寛さん。
字が字になっていなくても、ペンを持つことで脳の回路がつながり
このままの状態が一日も長くと祈ったことも・・・・

今思えば、2年前の良寛さんはシッカリしてました。

でも、症状が進み、全介助の生活を過ごす毎日となったことから、
「ないない」ではなく「あるある」を発見する喜びが生まれました!
ありがとう、良寛さん・・・・・・・
これからも、今以上にヨロシク!
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by poco-a-poco-music | 2005-09-09 22:04 | 良寛さんへの記録

最初は、渋々・・・・   

アルバムを手にしながら、介護保険が無かったら・・・・と、母がボソッと。

夫婦愛だけではムリだったけど、いろいろな人のお陰で老々介護は続行中。
家での生活を送ることが出来ていることに感謝です!

2000年3月、デイサービスに通い始めるまでは、家族だけでの介護を。
デイサービスに通う話を母に持ち出すのには、時間も掛かりました。
車が迎えに来ることへの抵抗。
世間体・・・・・

献身的に明るく介護する母の気持ちを優先しながら
週2回デイサービスへの契約を。
最初の抵抗はどこへやら?
安心して気兼ねなく自分の趣味を楽しむ母が>>>

ショートスティの時は、もっと大変だったかな?
預けたら、家に帰った時が大変だからと、拒否する母。
でも、夜ゆっくり寝ることが出来なくなり、泣く泣く契約を。
ショートスティへ預けた夜、爆睡出来た母・・・・
カラダの疲れを取るため、時々お願いすることになりました。

ケアマネさんやデイ・サービスと、密に連絡を取りながら
母に内緒でベストの形を模索したこともありました。
症状に合わせて、デイ・サービスも変えてもらい
今は認知症専門のデイケアへ。
ショートスティは、同じデイケアのフロア。

試行錯誤しながらの8年間。
家族だけで介護していたら、今頃ギブアップだったでしょう。

出来るだけ、自分達で出来ることはして
出来ない事は助けてもらって、
こころと、カラダの余裕を作る。

これが、コツだよと、ニコニコ笑いながら話す母。
お陰様で、デス・・・・・
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by poco-a-poco-music | 2005-09-02 23:17 | 良寛さんへの記録

歌が好きだったんだ~~~   

鍵さんから、質問をいただきました。
良寛さんは発病する前から、こんなに純情?で
歌を口ずさんだりする明るい方だったんでしょうか?

歌?
ウ~ン、どうだった?
歌っているのを見たことがないな~
アッ!
カラオケのテープが、山のようにあったような・・・
定年後、自治会長をしていたこともあって、カラオケ教室に
夫婦で通っていたことを思い出しました!
親睦も兼ねて、芸達者な方たちと楽しんでいた姿も・・・

2年ぐらい前までの父は、童謡・唱歌・流行歌・演歌・民謡など
エンドレスで次から次に歌っていました。
子どもである私たちの知らないところで、たくさんの歌を
歌っていたのでしょうね。

性格は、純情と言うか真面目で、理系そのもの。
父親としてみせる顔は、厳しかったけど・・・・
多分、穏やかな気持ちで日々を過ごすことが出来ているのは
大好きなオカアチャンの力があればこそ。
それと、長男家族が隣に住んでいるなど、条件が揃っていることも
穏やかな良寛さんとなれた大きな原因でしょうね。

良寛さんとなった父。
お陰様で、たくさんの経験をさせていただいてます。
知らなかった本来の父に出会うことも出来ました。
バカにした態度をとれば、父は敏感に感じて荒げた声を。
褒められると、照れた顔をみせることも。
認知症となっても、人としての感情は健在。
たくさんの方が、尊敬の念を持ち、愛してくださるお陰で
にこやかな良寛さんで過ごせていると確信し、感謝です。

次の2曲は、誰も知らない歌。
たぶん、戦地で覚えた歌ではないかと・・・
認知症となったある日、突然歌いだしたのです。
鍵さん、ありがとう!
良寛さんの根底には歌があったようです。
風吹く夕べ、北満の
人は三筋の綱渡り
雉も鳴かずば、打たれまい
あの時、会わずば
泣きはせぬ


飛んで行きたや
九州相良
鮎の味、よをさ
ほどのホイホイ
人よし、仲良し、心良し良し

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by poco-a-poco-music | 2005-04-14 23:08 | 良寛さんへの記録

お願いだから、家に帰して~Ⅱ   

2年前?3年前?
「おとうさん、また来るね・・・」と声をかけると
「そうか、では私もそろそろ帰ろうか・・・・」
「!!!」絶句でした。。。。。。

「おとうさん、ここはおとうさんの家だよ。どこに帰るの?」と、諭す母。
「アッ、そうかそうか・・・そうだった!」と、照れくさそうに返事をする良寛さん。
それが、徐々に>>>>>>

帰ると言い出したら、頭の中は帰ることでイッパイ。
「じゃあ、帰りましょうか・・・・」と、演技派の母は良寛さんと外へ。
近所をグルッとまわって、「ただいま~」と家に帰ると落ち着くのです。

母が夕方バタバタしている間に、家に帰ろうと庭へ出ていたことも・・・
お隣へ、迷い込んだことも何回か・・・・

これまた、懐かしい思い出です。
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by poco-a-poco-music | 2004-12-17 10:41 | 良寛さんへの記録

お願いだから、家に帰して~Ⅰ   

いつの頃だったでしょう?
母が留守したとき、我が家や弟宅で留守番を・・・・・
「お願いだから、家に帰して!」
「ちょっと家でしないといけない用事があるから家に帰らなければ・・」
いろいろな理由を考えて、家に帰りた~いと訴える良寛さん。

「お母さんは今、用事で出かけているからチョット待ってよ~」などは禁句!
帰る・帰りたいと訴え始めたら、聞いているフリをしながら話題を変えてみたり
あの手この手で良寛さんの引止め作戦を・・・・

電話作戦は有効でした!
義妹や友達に電話し、いろいろな話してもらったり良寛さんの歌を聞いてもらったり
なつかしい思い出です。

手紙作戦もしました。
孫の○○がおじいちゃんから手紙をもらったら嬉しいので書いてくれる?と
良寛さんの意思を優先しているフリをしながらペンと紙を・・・
喜んでもらっている・人の役に立っていると感じることで、気持ちもおだやかになり
帰る・帰りたいをしばらく忘れてくれてたようにも。

音楽には一番助けてもらいました。
歌がエンドレスで飛び出す良寛さん。
「ア」が付く歌は?「タ」が付く歌はなどと聞くと、パッと歌が♪~
ピアノを弾いたこともない良寛さんが、探り弾きでピアノも・・・・

どうしても、帰るとガンバル時は靴を履いて外へ>>>>
外を歩いている間に、帰りたい気持ちが薄くなることも。

「おとうさ~ん、帰ってきたよー」と、母から電話が来ると
「オッ、そうかそうか!」と嬉しそうに自宅へ帰っていく良寛さん。
なつかしい風景です。
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by poco-a-poco-music | 2004-12-17 01:12 | 良寛さんへの記録

隠れてタバコを・・・   

7年前の入院をキッカケに、良寛さんへの道を歩みだした父。

すこしでもストップできればと、あれやこれやチャレンジした毎日。
タバコが良くないので、禁煙するようにと口を酸っぱくしていう母の目を盗み
ちょっと散歩に行ってくると、タバコを吸っていたことも・・・・
タバコを本棚のうしろに隠したり、1本1本を筒の中に巧妙に隠したり
必死でかんがえている良寛さんにだまされているフリをする母。

タバコを隠れて吸うのも、頭の体操になるから・・・と内心諦めた母は
お金をわかりやすい所にソ~ッと置くことに。
自動販売機で買うことが出来た間は、お金の計算はOKだったけど
ある日、お店の方から連絡が・・・・
持っているお金を全部だしてタバコをください!と、自動販売機ではなく
店頭で買うことを思いついた良寛さんの出現でした!

金銭感覚がなくならないようにすることが、脳の活性化になるので
買い物をするとき、時間はかかっても自分で出来るところは自分で・・と
サポートして行ったのもなつかしい思い出です。

母との共通の趣味である謡曲の練習に、バスで毎週通うことが
ひとりで出来たのもこの頃だったでしょうか?
歩いて5.6分の我が家まで、ひとりで来れていたのも・・・・

道を迷うようになった良寛さんの自信をなくさないために
いろいろな用事を考え、お使いを良寛さんに頼んだあと
ソ~ッと尾行し、迷子になりそうになると偶然会ったフリを
していた母の存在があればこそでした・・・

いつ頃のことだった?と先日、母といろいろな時期を思い出そうと
しましたが、出来事は思い出しても、月日は・・・・
不思議ですね~・
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by poco-a-poco-music | 2004-12-02 23:47 | 良寛さんへの記録

道がわからなくなった・・・・   

あれ?ちょっと変だぞ・・・と思ったのは、7、8年前のことだったかな~
「おとうさん、おとうさん~~どこに行くの?」と、運転している父に・・・・
いつも曲がる道を曲がらず直進してしまった父。
このころから、道がわからなくなる症状がすこしずつ>>>
前頭部に手をおき、ここが痛いと病院へ行っても異常なし。
海馬周辺の血管が壊れはじめているよとのSOSだったのに・・・・

いろいろなことがありました。
少しでも進行をストップできればと、いろいろなこともチャレンジしてきました。
父を想う母の気持ちがあったから、ニコニコ笑顔の良寛さんになれた父。

経験してみなければ、分からないことをたくさん学ぶこともできました。

有田直子さんの言葉ではないけど、痴呆となったことでたくさんのことを
プレゼントしてくれている父。
ありがとう、おとうさん!これからもヨロシクね!
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by poco-a-poco-music | 2004-12-01 10:50 | 良寛さんへの記録